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2010.01.27

大津事件

此附近露國皇太子遭難之地

N_8767
2009.9.18,大津市京町東海道の大津事件(1891年5月11日)の現場です。

大津事件といえば、ロシア皇太子ニコライ2世が士族出の滋賀県警守山署巡査・津田三蔵に切られ負傷した事件ですね。

児島惟謙(こじまいけん)と司法権の独立やニコライはその後ロシア革命で処刑される運命にある等、話題の多い事件ですが、
文献を読んでみると、その他にも当時の世相がわかる興味深い事柄が記録されています。

1.大津事件2日前の1891年5月9日、京都市民は季節外れの五山の送り火を点灯させる等たいへんな歓迎ぶりであった。
2.事件の報は電報を通して瞬時に東京に伝えられた。
また東京の明治天皇は見舞いの為1889年に全線開業した東海道本線に乗り事件翌日に京都入りしている。
3.政府の圧力に抗し津田三蔵を無期徒刑とした大津地裁の判決は事件16日後の1891年5月27日に出ている。

送り火が歓迎行事として行われている点や現在では考えられないくらいの迅速な裁判など目を引きますが、
個人的には事件の報が瞬時に東京に伝わった点と東海道本線の開業により迅速な移動が可能になった点に最も興味を覚えます。
これが幕末の出来事なら情報が江戸に伝わるまで4日程、要人が江戸から京に移動するのにさらに一週間はかかったのではないでしょうか。
幕末から24年も経つと、もう情報化社会と高速移動の時代となっていたんですね。

参考文献
尾佐竹 猛 「湖南事件」 1929 一元社



大津事件の碑は東海道の少々わかりにくい場所にあるので地図をつけておきます。
赤いピンを目印に地図を拡大していってください。

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